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<ノベル>
イベント開始の少し前のカフェエリア。メニューの確認をしている横で、ファーマ・シストが一部スタッフにハーブティーを振る舞っていた。せっかくだからと飲んだスタッフは獣耳や羽が生えたりなんかして。
「うん。これはいけるわね」
そんな感じでメニューにあっさりマジカルハーブティー追加。開始前から妙にノリノリである。準備もノリン提督絶賛増殖中につき素晴らしいスピードで進んでいた。
黒板にロケエリ一覧を書き出したところで、イベント開始。
「早速リクエスト入りました。サンヤさん、お願いします」
「了解しました」
早速サンヤ・ウルクシュラーネがロケエリ「玉座守護」を滑らないバージョンで展開。大理石の床が醸し出す趣に、兵士風スタッフの応対も問題なく、まずは順調な滑り出しと「ねえママ知ってる? あの人、牛柄の龍に変身出来るんだよ」――あ。
「ちょ、サンヤさん、ブレイクブレイク」
無邪気な子供が地雷を踏んだものだからつい本気で攻撃しそうになるサンヤを慌てて止めるスタッフ達。初っ端からプチカオスなのは、まあ銀幕市だから? 獣耳兵に萌えている客もいることだし。
セバスチャン・スワンボートはちびた鉛筆を片手に巨大な紙の前に立つと、過去視で見た光景をざっくりと描き始めた。
誰かが見た始まりの日の夢、お祭りを楽しむ手足の生えた品々、ロイ監督と映画製作、大山鳴動しきのこ騒動、バッキーその他による雪製銀幕市製作、チョコレートキングの襲撃等々。マスティマ決戦の救護班にさりげなくツンデレな黒髪さんの姿が混ざっているのはご愛敬。意外に上手く簡潔で分かりやすいそれは、絵に自信のない参加者達が色付けで参加するきっかけにもなった。
マスティマ決戦のスペースには栗栖那智と二階堂美樹の姿もあった。
何故かやたらと精密精巧なマスティマとそれに立ち向かう……えーと、多分人の姿を描いてゆく那智に、マスティマの傍に大胆な筆致でスターやバッキーの姿を描き加える美樹。というかバッキーはペンキ漬けにしたユウジを片っ端から押し付けている。
那智さん巧拙にやたら差がないですかと突っ込まれそうな感じもあるが、本人は至って真面目である。美樹も大胆すぎるだろうと……突っ込まれないかも、普段が普段だし。
美樹がここに参加しているのは、「ヒト」の絶望を受け入れた希望の姿を残したいから。想いを込めて力一杯、ペンキだらけになったり那智にペンキをかけたりぶつかって一緒に倒れ込んだり――あれ? いやいや、ちゃんと絵も描いていますよ。
「きゃぁっ!? すっすすすスミマセン栗栖さんっ」
思いっきり巻き込んだ美樹を、しかし那智はただ無言で見つめるだけで。さっきはペンキまみれを指摘したりしてきたのにと少し戸惑ったものの、その視線が発しているのは怒りとはまた別で。
「――続き、描きましょ」
なのですぐに切り替えて再び美樹は絵に戻る。希望も絶望も私達のすぐ傍にある。姿が見えなくなっても、ずっと一緒に歩いていきたいと願いながら。
言われるまま絵に戻った那智は、しかしふと美樹の横顔を見ながら。
(人間は絶望を受け入れてこそ強くなることが出来るのかもしれないな)
そんなことを思ったのだった。
「うぃっす、手伝いにきたぞー! お客さんもいるぞ!」
ルシエラのロケエリにより満月の下のロマンティックな西洋風の古城の庭園と化したカフェに、太助は居候先の老夫婦を伴って現れた。老夫婦は蝙蝠の羽を生やして空中散歩をしている人々に少し驚いたようだが、程なくロケエリ効果だと理解して席に着いた。
「あ、太助君」
「え、あれ?」
程なく応対に出た琴美に戸惑う太助。見た目は間違いないけど喋っているし、別人? まあ種を明かせばファーマの性転換薬を飲んだのだ。
「いつも太助がお世話になっています」
「こちらこそ、健一君共々太助君にはお世話になっています」
謎も解け、無事に琴美を老夫婦に紹介することが出来た太助は早速スタッフルームへと向かうのだった。
程なく、庭園の花々は冬枯れのそれへと変化した。レイモンド・メリルがルシエラから引き継ぐ形でロケエリを発動したのだ。ちょうどその時間はお昼の食事時で、かつ古城庭園タイム限定ゴシックランチメニューも用意されていて、さらに太助を目撃した小さいものファンがその情報網を発揮、一方で悪戯盛りの子供達がマジカルハーブティーで羽を生やして勝手に飛び回ってと、予想外の忙しさに見舞われていた。しかし元々忙しくなる時間帯と読んでいた事もあり、ゴシックホラーな雰囲気によるクールダウンと夜会服を着たレイモンドの(ちなみに貴族風衣装と一定時間毎に着替えている)視線による感情操作でどうにか乗り切ることができた。まあもっとも。
「お客様、あまり店内で騒ぎすぎてはいけませんよ?」
「うわーん、おしっこちびったー」
「お待たせいたしました、トマトと赤ピーマンの冷製スープです……ってレイモンド様、子供をそこまで怖がらせてどうするのですか」
うっかりやりすぎてゴスロリウェイトレスのルシエラから物理的突っ込みが入ることも。効果音がよく響き、場がとても和んだ。
なお2人は貴族とその従者ということもあり、その接客技術の見事さに後で本業の人から社員研修の依頼があったらしい。
カフェ以外でも、ロケエリが展開されていた。
「ようこそ、世界で一番不思議なお城へ」
アートスペースの一角で、白の奇術師がマジックショーを開いていたのだ。
「紳士淑女並びに、性別の無い変わった方々まで、ようこそ、とある奇術師のマジックショーへ」
人工雪が降り、誰かの帽子から鳩が飛び出し、トランプを撒けば向日葵の花びらに変化したり。奇術と超能力を組み合わせた不思議な光景はロケエリが切れた後も続いていた。観客の中に眠る病で関わった少女がいた事に彼は気付いただろうか?
カフェもまた笑タイムと化していた。
「みんなノリノリアルよー!」
ただいまノリン提督のロケエリ展開中。元々スタッフとして大量増殖していたので非常に賑やかである。詳細は長くなるので割愛するが、ネタ満載なノリノリタイムだった事は間違いない。ついでにフードメニューも海苔タイムだった。
笑タイムに続いてはRPGタイムだ。街から冒険に出るパートをファーマが、魔王戦をヨミが担当する。
勇者以外の職業はもちろん、副作用さえ気にしなければマジカルハーブティーで年齢性別種族まで自由に選べる事もあってカフェは一時ハイカオス状態に。銀コミ常連の人も混ざっていたので、近々同人誌になるかもしれない。
ファーマのロケエリである程度戦闘経験を積んだら、いよいよ魔王戦へ。
「フッハハハハハ、私を前にそのようなアイテムなど無駄だぞ、消し去ってくれるわ」
あれ普段と口調違うと思う人も居たが、これは魔王らしい演技である。先の発言はファーマのロケエリ解除によるアイテム消失を逆手に取った演出だ。ロケエリ発動中は傷つかないヨミは、蠢く闇や空間移動で怪我をさせないよう攻撃演出をし(スタッフ時は同じ能力で色々フォローしていた)、そして。
「み、見事だ……だが貴様らに悪しき心がある限り、私は何度でも蘇ろうぞ……」
そう言って倒れながら、ロケエリは解除された。本人、かなりノリノリだったと思われる。
アートスペースでは既にかなりの作品が出来上がっていた。
崎守敏は用意された材料に拾ってきた廃材も加えて、透明で色付きの物を組み合わせて大きめの写真立てサイズの作品を手際よく作り上げていた。紫から青のグラデーションに、射し込む金の光。それは、抽象化したこの街の夜明けの景色。
「――この世界で一番嫌いで、一番美しいと思う景色」
完成品を見ながら、ふと呟く。還りたい元の世界では、空は水に隔てられてこの世界のようには見えないのだ。
アレグラは紙粘土にカラフルな卵の殻をぺたぺた貼り付けていた。作っているのは笑顔を浮かべた人の像。
ふと顔を上げると、カフェから森林が消えていっていた。アレグラはカフェに手を振ってみた。
「へいらっしぇー。おすすめはクッキーセットだぞ!」
威勢のいい呼び声は、ギャルソンに化けた太助のもの。
ロケエリも展開し、変化オプション付きの森林カフェは大盛況だった。
「ん?」
ロケエリが解けると同時に、太助はアレグラが手を振っているのに気が付いた。手を振り返すと、今度は手招きをされた。
「うーん、なあ琴美……琴美?」
「……え? あ、どうしたの?」
どうしようかと近くにいた琴美に声をかけたが、彼女は何故かぼぉっとしていて。
「友達に呼ばれているみたいなんだけど、それよりどうかしたか?」
「うん、ちょっとね。行ってきていいと思うよ」
声をかけるも、どこか上の空。
「そっか。なあ、大丈夫か? 何か元気ないぞ」
「あ、うん、ごめんね。ただ……」
「ただ?」
心配して調子を尋ねた太助。琴美は胸元の金貨に触れながら答えた。
「クリスマスプレゼントのお礼に、何か作って渡したかったなって……」
彼女の視線の先には、一心不乱に絵を描いているギャリック海賊団のウィズの姿。そして彼女の胸元の金貨は、ギャリックからのクリスマスプレゼント。
夕刻、会場を後にしようとした美樹は突如その腕を捕まれた。
「キャッ!? え、ウィズさん!?」
「美樹ちゃん……」
それっきり、ウィズは顔も上げずに言葉も止まったままで。
(まだ気にしているのかな……)
マスティマ戦後、落ち込みの激しいウィズを親しい数人で飲みに連れ出したものの、皆に辛く当たり、そしてその事にさらに落ち込んだウィズに美樹は何も出来なかった。
ちょっと気まずいかも。そう思った美樹に、ウィズはようやく1冊のスケッチブックを差し出した。
「……これは?」
「いっぱい美樹ちゃんの為にマンガ描くって約束していたけど、時間なくなっちゃったから……。あと、この間は、ゴメンね……」
照れ隠しなのか、苦笑気味の笑顔で渡されたそれを開いてみる。そこに描かれていたのは、海賊団メンバー全員と、そして美樹の似顔絵。
「ううん、私こそ。力になれなくて……」
今度はなんか湿っぽい。でも、気まずいままよりは、ずっといいよね。
帰り道、気分を切り替えようと美樹は伸びをしながら空を見上げた。
漆黒の夜空も、星がちりばめられればこんなにも綺麗。
「……うん、そうよね」
魔法は、もうすぐ解けるけど。
失う物も多いし、寂しくないなんて嘘だけど。
それでも、心の中には。忘れない限り、きっと――。
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クリエイターコメント | まずはご参加下さった皆様、お読み下さった皆様、 ありがとうございました。 楽しんでいただければ幸いです。
本編構想段階の妄想はとても楽しかったですし 妄想が暴走して捏造な部分もあったりしますが 最後を除いて全体的に楽しい雰囲気が出ていればいいなぁと。 文字数の関係で削った小ネタも結構あるのですけどね。
やはり最後ということもあり、 書き進めれば進めるほど、ああ、終わっちゃう……と。 そういう意味では今回が一番大変だったかもしれません。 長めに期間を取ったのにもかかわらず納品がギリギリになってしまい、 待ちくたびれて長くした首を痛めた方がいないか少し心配です。 あと訂正は可能な範囲で受け付けますので もし何かあればお気軽にご連絡下さいませ。
銀幕での水華の納品はこれが最後になります。 魅力に導かれるまま飛び込んだ身で 至らない部分も多々あったかとは思いますが 素敵な思い出の一助になっていれば幸いです。 ……えっと、こんな事を言うのもあれですけれど 思いは沢山あるのですが、上手く言葉が出てきません……。
最後に改めて、PLの皆様やPCの皆様をはじめ 銀幕★輪舞曲に関わった全ての皆様に最大級の愛と感謝を込めて。 ありがとうございました。 |
公開日時 | 2009-07-04(土) 21:50 |
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